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ただ一つの一対
第1章 失恋した男
少年は、縮こまって布団を被り、身を隠した。真っ暗な部屋の中、天井の木目を見ていると人の顔が浮かんでいるようで怖かったのだ。まだ就学前の子どもにとって、夜は化け物の世界だった。
だが、布団を被ると暑い。高熱を出して寝込んでいる少年に、暑さと息苦しさは我慢できるものではなかった。
「おじい様……」
とっくに氷の溶けた水枕は、ゴムの匂いがして気持ちが悪い。少年は一番頼りにしている祖父の名を呟くが、その祖父は今夜仕事で外に出たきりだった。
その時、廊下から乱暴な足音が響く。その音に、少年は聞き覚えがあった。
「菊が熱を? ちっ、面倒だなあいつは」
同時に響くのは、柄の悪い男の声。この家を我が物顔で歩くのは、ただ一人――まさしく我が家の長である、少年の父・則宗だった。
「どうせまた風邪だろ? 放っておけ。ったく、んなくそどうでもいい事で引き止めんな」
父の足音は、一度も止まる事なく遠ざかっていく。部屋の襖が開かれる事はなかった。
少年は幼くとも、父が常日頃体の弱い息子を嫌っている事を理解していた。だが暗闇に包まれる今、縋りたいのは肉親だった。