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ただ一つの一対
第1章 失恋した男
母はもう既に亡く、継母や父の愛人達も、父の関心を得ていない少年に愛情を向ける気はない。嫌われていると分かってはいても、小さな手が伸ばせる範囲などたかが知れていた。
だが、父はあまりにも遠い。少年が布団の中で涙をこぼしたその時、襖が静かな音を立て、開いた。
「菊」
父とは違う、若い声。名前を呼ばれて、少年――菊は飛び起きる。
「お兄様!」
「寝てていいぞ、菊。ほら、新しい水枕。それと、水分も取らないと」
病弱で小柄な菊とは違い、10も年の離れた兄は背が高く、体格も良い立派な男だった。勉強は不得手だが運動神経は良く、特に空手の様々な大会で優勝している兄は、菊の自慢でもあった。
兄から手渡されたペットボトルのスポーツドリンクを飲むと、菊は冷たい水枕に頭を任せる。熱に浮かされた体に、その冷たさは救いだった。
「じいちゃんは、二、三日戻ってこれないって。でも大丈夫だぞ、兄ちゃんが付いてるからな」
「うん……」
「風邪治ったら、鍛えてやるぞ。鍛えていれば、病気なんかしなくなる。菊が元気じゃないと、兄ちゃんが困るんだからな」