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ただ一つの一対
第1章 失恋した男
 
 暗闇の中に差し込む、一筋の光。菊は兄の言葉に、笑みを浮かべた。

「うん。お兄様、いっぱい遊んで」

「こら、遊びじゃなくて修行だぞ。真面目にやらないと、母ちゃんが天国で泣いちゃうからな」

 母の名を出すと、菊は慌てて頷く。生まれて間もなく亡くなった母。愛された記憶がなくとも、母に特別な想いを抱いているのは息子として当然の話だった。

「菊……早く、大きくなれよ」

 そして兄が弟の健康と成長を望むのも、また自然な事である。だが幼い菊は、まだ知らなかった。いくら光が差し込もうと、闇は変わらず闇として存在しているのだと。







 夜が化け物だったのは、もう遠い昔の話。背が伸び、大きな大人に怯え震えていた声も低く変わり、菊はいつの日か夜を支配する人間となっていた。

 闇を照らすのは、淫靡な紫の光。女が一人で暮らすマンションにしては、広い部屋。誰かと共に寝る事を前提としたベッドの上で、家主は菊の股間に顔を埋めていた。

「ん……ぅ」

 今日顔を合わせた時に塗っていた唇のルージュは、もう色が落ちてしまっている。それは菊の体にぽつぽつと跡を残し、今は唾液と共に流れていた。
 
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