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ただ一つの一対
第3章 ただ一つの欠陥
菖蒲が初めて菊と会ったのは、小学校に入った年の事だった。親戚付き合いのなかった姫鶴家に初めて訪ねてきた「叔父」という存在に、無性に心を躍らせた記憶も残っている。
「菖蒲(しょうぶ)、ですか。女の子なのに、無骨な名前を付けたのですね」
菖蒲は父、宗一郎の隣に座り、朗らかに話す菊をじっと見つめていた。狭くて古い借家には似合わない、ベージュのスーツにほのかな香水の香り。肉体労働で汗を流す父とは違う、まるで少女漫画から飛び出たような大人の姿に、憧れを抱くのも無理のない話だった。
「あ、ああ……俺は『あやめ』って読ませたらいいだろうって言ったんだが、照美――嫁がな」
「よろしい名前ではありませんか? きっと名の通り、勝負強い娘に育つ事でしょう」
宗一郎はずっと菖蒲の肩を抱き、落ち着きなく貧乏ゆすりしている。上擦った声に違和感を抱くのは、菖蒲が中学生になってからの事。その時は父の挙動不審にも気付かず、目を輝かせていた。
「お前は……その年じゃ、まだ結婚はしてないか」
「僕が子どもを作り結婚する日は、多分永遠に来ないでしょうね。僕は父と同じ体質ですから」