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はじめてをきみに
第3章 愛はやさしくない

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 映画研究サークルのただの先輩・後輩として、俺と茉由は出会った。2年以上前のことだ。茉由は1年生、俺は2年生。

 何をきっかけに、どうやって仲良くなったのかはよく覚えていない。そもそも、明るい茉由は入部直後から誰とでも仲が良かったし、俺にとっても彼女は長らく、「まるいボブカットがよく似合う、ただのサークルのかわいい後輩」で、それ以上でもそれ以下でもなかった。

 だから、1年半前のサークルの飲み会の帰り、べろべろに酔った茉由が「ヒロせんぱあい、おんぶ~」と絡んできたときも、酔っ払いのちょっとめんどくさいスキンシップの矛先が、たまたま俺に向かっただけだって、信じて疑わなかった。

 「しょうがないなあ」と笑って背負った茉由の体がすごく熱かったのも、よくしゃべる茉由が、ふたりきりのあの日の帰路ではやけにおとなしかったのも、背中に当たる茉由の胸から心臓の鼓動が伝わってくる気がしたのも、ぜんぶ、酒のせいだって思っていた。


『好きです』


 彼女のアパートの部屋の前で、茉由は俺の背中にぎゅっとしがみついてつぶやいた。


『ヒロ先輩のいちばんになりたいんです。優しい先輩の、みんなに優しい先輩の、優しくないところが見たいんです』


 優しい俺の、優しくないところ。茉由のそのつぶやきの意味はよく分からなかったし、今でも正直よく分かっていない。俺はあのとき、すぐに返事をしなかった。耳に触れた彼女の息は熱くて、酒臭くて、酒のせいだけではないにしろ、酔った勢いに駆られていることもまた明白だったから。

 でも俺はあのとき、すでに決めていたと思う。茉由と付き合うこと。もっと言うなら確信していた。自分がこれから、茉由をきっと好きになること。

 恋人ができるときはいつだって、優しいところが好きと言われてきた。恋人と別れるときはいつだって、優しいところが嫌いと言われてきた。

 けど、茉由はどこか、ちがうと思った。俺の優しくないところを見たいと言って小さな体でしがみついてくる、茉由の奇妙にまっすぐな好意に、俺は訳も分からないまま、本能的に惹かれていたと思う。


 ――ああ、でも、困った。好きという気持ちは、強ければ強いほど、こんなにも醜くて激しくて、手に負えない感情だったなんて。



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