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愛しては、ならない
第44章 こわれる ②
彼女は眼鏡の奥のつぶらな瞳を細め、自分も一粒口に含むと首を振って笑う。
「美味し~」
その様子に思わず頬が緩みかけるが、俺は彼女の名前も知らない事を思い出す。
入学してまだ日も浅い上に、菊野の事で頭が一杯で、クラスの連中の名前はおろか顔さえ覚える努力もしていなかった事を悔いた。
鼻唄を歌いながら皿に苺を盛り付ける彼女の綺麗な白いうなじを眺めながら、名前を今更聞いたら失礼だろうか、と考えていると、彼女が振り向いた。
「――岬夕夏」
「ゆか?」
「みさき、ゆか。私の名前。
友佳っているでしょ、あの派手な子。あの子と同じ名前だから、区別を付けてあの子の事は皆ユカタンて呼んでるの。
……ていうか西本君、私の存在に今まで気付いてなかったでしょ?」
「――い、いや、そんな事は」
「ふふ、いいよ、気を遣わなくても。
優しいね。西本君」
「優しい……?」
俺が優しい訳がない。
俺の中にはあの獣のような両親の血が流れてるんだ。俺もいつかあんな大人になってしまうのかも知れない。