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愛しては、ならない
第56章 二十歳の同窓会



扉の前で文庫本を読んでいる髪の長い、菊野と同じ年ほどの女性を思わずチラチラと見てしまう。

あまり見ると不審に思われてしまうが、菊野の今の姿はどんなだろうか、と重ねずにはいられないのだ。

風にゆらゆらと揺れる素直な真っ直ぐな髪はまだあの頃と同じに長いのだろうか?

仄かに甘い香りの絹のような艶やかな髪を、悟志がその手で触れているのだろうか?

声は――あの、少女のような幼い声で、時には祐樹を叱ったりするのだろうか。

相変わらず何も無いところで転んだり、指を切ったりして泣いているのだろうか。

菊野――俺は、貴女を忘れる事が未だにできていない。

貴女は俺との事は忘れたいだけの過去かも知れない。だが、俺にはあの日々が唯一の恋の記憶なのだ。

貴女が俺に忘れて欲しいと願っているなら、俺もそうしたい。

だが、もう少し待ってくれ……まだ時間が掛かるんだ――




俺は、扉の前の見知らぬ女(ひと)から目を逸らし、目を閉じて菊野の微笑みを瞼の裏に描いた――

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