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愛しては、ならない
第29章 虚しい演技を止める時


「お母様の具合はどう……?
昨日、倒れられたから、心配で……」


「ああ……特にあれからは変わりないよ……有り難うな」


俺の返答に清崎は安心したように笑顔を見せて、女の子らしい仕草でピョコンと頭を下げると、隣の教室へと入っていった。

彼女に、切り出さないとならない。別れを。

付き合っていたと言っても、彼女の身体には触れていないから、今のタイミングで彼氏、彼女の関係を白紙に戻すのが最適なのだろう。

清崎はモテるから、何も俺に拘らなくても、直ぐにまた恋人が出来るに違いない。



――俺は、この時はまだ、ごく簡単に考えていた。

今思えば何と浅はかだったか。

幼い頃に経験した親からの仕打ちで、俺は人に心から気を許す、という事をしたことがない。

ただひとり、菊野以外には。

自分に取って害をもたらす人間かどうかを見分ける嗅覚は持っているつもりでいた。

だが、好意や熱望が、時に暴走する事もあると言う事を、俺は知らなかったのだ――
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