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気の毒な人
第1章 気の毒な人
 ドラマチックさのかけらもなく、気の毒な人は私にごく冷静なテンションで「お前とは終わりたくなかったな」と言っただけで、けれど、“自分からは”二度と連絡をしてこなかった。
 


 あれから季節は何度も巡った。
 あの日スタジアムで気の毒な人と一緒に見た、あの有名選手の引退試合を、私は夫となった男と観戦した。
 腹の中に夫となった男の子供が宿っていると分かってすぐの、悪阻中でのことだった。

 
「もし男やったらダイスケてつけるわ」


 帰りの電車内。
 斜め上の肩を見上げると、夫はそんなことを言って笑っていた。
 しかしその年の秋、生まれた子供は女の子だった。

 妹の出産を祝うため、結婚式を挙げなかった我々のために、気の毒な人は息子を3人連れて産院を訪れた。

 我々の事情を知る夫はたじろいでいたものの、同じチームのファンだったこともあり、意外と盛り上がりつつも当たり障りのない会話を交わしてその場をしのいでいた。

 帰り際、来年小学生になるという気の毒な人の末息子は、私に言った。


「おばちゃん、こんどの“だいき”の試合観に来てな!」


 私は気の毒な人からもらった熨斗袋を片手に、しばし言葉を失った。
 けれど、ハッと気付いて慌てて「おうよ!」と返事をした。


「観に行ったるわ!そのかわり、絶対勝ってや。この、だいきのちっちゃいイトコのいもーとにええとこ見したんねんで!」


 
 気の毒な人は私に、今まで見せたことのないような父親の顔で申し訳なさそうに目配せをした。
 私も口の端で笑って見せると、彼らは病室をあとにした。
 腕の中で眠る私の赤ん坊は、すやすや眠っていた。


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