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気の毒な人
第1章 気の毒な人
 気の毒な人は言った。




「あぁ、俺は日本一不幸なオッサンや」




 それは、兄のウン回忌を終えての発言だった。




「次男やのになんかよお分からんうちに長男みたくなってもおた」



 うんざりするような猛暑だった。
 エアコンの効いた仏間を抜け出し、とうの昔に物置部屋と化した自室で顔じゅうから汗を垂らしながら、気の毒な人はワイシャツの胸ポケットから煙草とライターを取り出した。



「ついにおかあがな。離婚がどうこう言い出しよったんや」



 気の毒な人は私が物心付いた頃からセッタを吸っていた。
 実際は被害に遭う側の人間であったにも関わらず、暴走族系の漫画に強い憧れを抱いていた彼の願望がよく現れた一面だったのだろう。




「むかし階段から俺を突き落としたクセにな。生まなんだらよかったとまで言うたくせに、おとうが定年してカネが入ってきてどうこうやから、思い切って離婚して俺とこと同居してくれ言うてきよったんや」



 汗の滲むワイシャツの第一ボタンは開いている。
 黒いネクタイを締めて誤魔化そうとしても、日に焼けた肌がチラチラと覗いて見える。
 


「見ろや。これ、ここ。4針縫うたんやで。今でこそブッチャーやてネタになるけどな、昔はどんだけいじめられたか。試合中にやりましてんって言うてるけどな、これほんまはおかあにやられたんやで」



 なぜならば、首が太すぎる上に極端に短いので、既製品ではサイズが合わないためだ。



「・・・って、元ネタ知らんよな。なぁ、こっち来いや。ほら、ばれへんて、大丈夫」





 
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