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気の毒な人
第1章 気の毒な人
 気の毒な人はセッタを唇に挟んだまま白昼堂々カーテンをシャッと閉じ、おいでおいでと私を手招きする。

「こんなして見ると、いつもとちゃう感じするな。髪そんなしてくくってんのも悪ないやん。ええやん、悪ないで・・・」

 埃っぽい畳の上を踏みしめ近付く私を気の毒な人は腕の中に抱え、汗でべたべたの顔を私の頬に押し付けた。

「あぁ、かわいいなぁ。俺の里奈子」

 喫煙者特有の血色悪い唇。
 何度も私の頬にキスをした気の毒な人の息は、衝撃的に煙草くさかった。


「俺だけの里奈子。あぁ、会いたかった」


 けれども嫌でなかったのは、恐らく私自身、気の毒な人に対し同じような感情を抱いていたためであろう。

「先週・・・や、ちがう。先週は会うてないんや。なんか用があって、会えんかったんや。せやから二週間ぶり?や、ちゃうなぁ。その前はお前がセーリで会えんかったんや。とゆーことは、三週間?・・・まぁ、どないでもええわ。会いたかった」

 気の毒な人の唇が頬から唇へ移行する。
 私にキスをするために気の毒な人が背を丸めているのだ、と想像することは私にとって何よりの快感だった。
 なぜならば気の毒な人の左手薬指にはまったプラチナの輪っかと揃えのモノを身に付けている女は背が高く、気の毒な人が背を丸める必要がないからだ。

「な、ほら」

 その輪っかをはめた手で私の手をつかみ、気の毒な人は誘導する。

「あの日以来してないねん。・・・や、正直言うと一回夢精したけど、それはノーカンな」

 ははっ。
 熱を帯びたつまらない言葉で自分自身を笑い、気の毒な人はズボン越しにそれを私に掴ませる。

「焦ったわ。まさかこのトシで夢精するなんて夢にも思わなんだわ。明け方に洗面所でざぶざぶ洗ってコッソリ洗濯機にほりこんどいたらな、帰ってから嫁に“なんで今日パンツ2枚出してんの?”って言われて焦ったで。なんぼセックスレスやゆうても、夢精してんとはさすがに言われへんやろ?せやから、お茶こぼして、みたいなめっちゃふつーの言い訳してんで。・・・ま、そんなんどうでもええわな」

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