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ここで待ってるから。
第29章 ここで待ってるから。②
「橙子さん。手を出して。」

 少しだけ体をずらし、夏の顔を見上げる。

「ん?手を?」

 躊躇っていると夏は私の左手を取り、そっと唇を寄せる。

「…自惚れていいですか?」

 夏は目を細め、静かに笑う。

「橙子さんが、あの人から指輪を受け取らなかったのは俺がいたから?」

 あの日、石黒が私の指に昔に用意した指輪をはめようとしたけど拒否をした。

 この指に指輪をはめるのは石黒じゃないと思ったから。

 私は小さく頷く。

 夏はポケットから何かを取り出す。

「…俺の心はずーっと、変わったりなんかしてませんよ。これからも。」

 左手の薬指に何かをはめる。

 指を見ると、碧いキラキラ光るビーズの指輪だった。

「あっ、これ…。」

「覚えてますか?」

「…もちろん。さっき、箱の中を見てこれがなかったから…。」

 この、ビーズの指輪は夏が最後に私にくれたプレゼント。

 私が東京の大学に受かり、この地を離れる時に夏が作ってくれた。ビーズなんて女子がやるもんだろ?とか文句言いながらも作ってくれた。

 大学時代に住んだアパートは狭すぎて、ずっと実家に保管していたけど忘れたことなんてなかった。

 どの宝物がいつ、どこで貰ったかすぐに答えられる。

 私の大事な宝物。

「俺が大きくなって、橙子さんに追い付いたら指にはめようと思ってました。ずっと…。やっと、やっと追い付いたと思った。」

 夏は左手に唇を寄せる。

 優しくキスをして、少しだけはにかむ。

「本当はもっとちゃんとした指輪を用意したかったんですけど…まだまだ、買えるほど働いてないし。でも、もう自分の気持ちは誤魔化せないし、押さえきれなかったんです。」

「…夏。」

「橙子さんの部屋を出て、会社に寝泊まりさせてもらって…このままじゃいけないって。守に相談したんです。そしたら、笑いながら俺と橙子さんの関係は知ってたよって。…おばさんやおじさんも知ってるから、いつ結婚するのかって言われて…。」

「…じゃあ、このお見合い話って…。」

「…はい。」

 そう言うこと。

 両親と兄のように慕っていた守に。

「橙子さん。」

 夏は真面目な顔をして私をみつめる。

「…まだまだ、俺子供だけど…。ずっと、一緒にいてくれませんか?」

 私は小さく頷く。

「大丈夫。ちゃんとここで待ってるから。」
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