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ここで待ってるから。
第29章 ここで待ってるから。②
 あんなに大切にしていたのに。

 ここに思い出を置き去りにして、どんどん大人になってしまった。

 嫌なものに向かい合うのではなく、蓋をして幕をして。見ないように、聞かないようにする術を覚えた。

 そうやって生きていくしかない。

 そうやって思い出を閉じ込めた。

「…橙子、こっちにおいで。」

 守は私の手を取り立たせる。

「な、何?」

 手を引かれ店の中央にある中庭に連れてこられる。大きな池には色鮮やかな錦鯉が悠々と泳いでいる。

 周りは緑深く、花々が庭を賑やかにしている。

 既に用意されていた自分のヒールを履く。

「…いつも、君達小さないとこ達をまとめるのは本当に大変だったよ。」

 守の横顔は、陽の加減でよく見えない。

「誰々がボールを返してくれないだの。誰々がいじわるをするだの。毎日、毎日いろんな事があったよ…。まぁ、今もたいして変わらないけどね。」

 少し奥までくると、そっと手を離す。

 守は私に振り向き、優しく微笑む。

「思い出は思い出のままで。今を生きているなら、今を大切にしなさい。自分の心に素直に生きて。一度だけの君達の人生なのだから。」

 守の言葉が心の中に染み込んでいく。

 守は少しだけ鼻唄混じりに、その場を去っていく。

 置き去りにされた私は周りを見渡す。

 風が葉を揺らす。

 葉が光を揺らす。



 ふっ、と背後から抱きすくめられる。

 その回された腕の温かさを知っている。

 その香りも。

 優しい息遣いも。

 胸の広さや、力強さを。


「…会いたかった。」


 耳元で囁く声に、身体が震える。

 喜びや、不安感。

 悲しみや、安らぎを。

 全て、私は知っている。


「…橙子さん。」


「…夏。」


 ゆっくりと振り返る。

 少しやつれた夏がいた。

 困ったような顔をして立っている。

「…私も会いたかった。」

 私は夏の背中に手を回し、その胸に顔を埋める。

 夏も私の肩を抱き、髪に顔を寄せる。

 会えなかった時間を埋めるように、ただ抱き合いお互いを確認しあう。

 いつから、すれ違ってしまっていたのだろうか。

 こんなにお互いを求めあっていたのに。

「ごめんなさい。橙子さん。」

「…謝るのは私の方だから。」

 夏が私をきつく抱き締める。

 夏の唇が耳をかすめる。
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