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ここで待ってるから。
第8章 眺めの良い場所。
 車を走らせ、家路に着く。

 辺りは街灯もなく、玄関のオレンジ色の明かりだけが闇の中に浮かんでいる。夜の静かな中に、私と夏だけが取り残されている感覚になる。
 父も母も寝ている時間。

 澄んだ空気に手が冷える。
 口元に手を当て、息をふきかける。

「…かじかんで、カバンから鍵が出せない。」

 苦笑いしながら、鍵を探す。

 夏が側に来て、私の手を取り温めてくれた。

「冷たい。」

 私の手を夏の頬に当て、息をかける。
 指先が夏の唇に触れる。

「全部、食べちゃいたい。」

 真面目な顔で言われ、思わず吹き出す。

「…やめてよ、夏。」

「本気だから。橙子さんがこの先、どんな未来を歩いても俺ちゃんと、ここで待ってるからね。」

 目を閉じ、夏の温かさを感じる。

「迷って、疲れて帰ってきていいから…。俺がちゃんと側にいるから。安心して、橙子さんの思うように生きて。どんな選択も橙子さんの為の未来なんだから…。」

 夏の言葉が私に力をくれる。
 手を絡ませ、その胸に身体を寄せる。

「…ありがとう。」

 澄んだ夜空に三日月が笑っている。




 次の日。

 朝から母を手伝い、夜の宴会準備をする。近所から親戚やらイトコやらも入れ替わり、立ち替わりバタバタと用意に追われる。

 沢山の煮物、赤飯、直前に揚げる天ぷらの具材。
 台所が食材で溢れかえる。

「夏が就職できたのが、みんな本当に嬉しいんだね。」

 母の隣で、里芋の皮を剥く。
 
「そりゃそうよ。親戚一同、みんなで育て上げた子供達がしっかり大きくなって、巣立って行くんだから。あと心配事は、守かな?」

「守?何かあるの?」

「そりゃ、あるでしょう?あんただって、守の次に心配だよ。」

 いまいち母の歯切れの悪さに疑問を持ちながら、料理を続ける。

「あ、橙子。人参足りないから裏庭から持ってきて。五本もあればいいかな。」

「はーい。」

 濡れた手を拭い、勝手口を出て裏庭に行く。
 裏庭には、使われていない井戸や小屋、自転車が置いてある。その、井戸の横が野菜置き場。
 大根、じゃがいも、牛蒡の山から人参を探す。

「何を探してる?」

 後ろから声がかかる。
 振り向くと、守が立っていた。

 背が高く、健康的に浅黒い肌。眼鏡が似合うイケメン。

「人参。うーん、お父さん野菜作りすぎ。」

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