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セルフヌード
第1章 秘密の快楽
十七世紀に発展した西洋絵画に、テネブリズムという技法がある。
存在を励起する漆黒と、無を証明する金色(こんじき)をとりこむ明暗法を、より劇的に、より過激に色づけしたスタイルだ。
少女写真集『少女crater』を、一部の評論家達は、現代に蘇生したテネブリズムと位置づけた。
かの新前写真家の制作した『少女crater』は、健全なエロティックと華やかな瘴気、清冽と暗澹、高貴と淫らが混在し、一筋の激烈な星明かりが絶無の霄漢を貫いていた。
一人の少女がドールの能面を張りつけている。
美しい顔かたちだ。死んだように表情がない。明暗に翻弄された少女は胸に十字架を刻み、裸体を投げ出していた。皮膚を割った二つの線に、光はあたらなかった。
またある少女は蝶を食んでいた。海から打ち上げられた貝のような唇に、生気をなくした青を含んで、無知の微笑を迷わせている。プリーツスカートから豊潤に伸びた太ももには拘束具。
囚われたのは、蝶か、少女か。
少女の無雑を守る光が闇を証し、闇が真相を閉ざしていた。
猿轡から天の河のごとき銀の水を流した少女。
異性装の女の備える偽作のペニスに貫かれてたわむ少女。
針山の真上に吊られた少女、蛇に纏縛された少女、陰部からウサギの頭を突き出した少女──…。
少女達はいずれも裸体か衣服の役目を半ば放棄した制服姿だ。
ただし、人間に一種の生理的衝動をきたす部位は、どの写真からも消し取られていた。
少女達の顆粒層は、七色のコントラストを刷いていた。
『少女crater』は一大ヒットを記録した。自涜のマテリアルとして、文化人のコレクションとして、あらゆる層の客達が、少女達を求めて書店に走った。
crater……クレーター……月の瑕疵。
明暗に囚われた少女達の欠陥は、慈愛の晦冥に葬られていた。