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陽炎ーカゲロウー
第10章 理由
鷺は何かを思い出すように、しばらく無言で考えていたが、ふいに眉を顰めて口を開く。

「もしかして…猫ちゃん一回孕んだんじゃないか…?」

「まぁ市九郎殿が種無しでない限りは否めんが、なぜそう思う?」

「前に、八尋が言ってたんだ。猫ちゃん、あの火傷のせいでずっと化物って呼ばれてたらしいって。市サンだけが最初から女として見てくれたって言ってたって…」

「それは酷いの。年頃の女子に化物とか…」

「まぁ、俺は触らないとどんな感じかわからないけど、気構えなしに見たら吃驚するような、顔なんだろ?」

「うむ…それはな。」

「だからさ、猫ちゃんは市サンと出会って、女としての人生を歩み始めたんだ。孕んだって全然不思議な話じゃない。でもね、実際子は生まれてないだろ?それに、市サンの立場としては、どうしたって生ませるわけにいかないじゃないか。」


「まぁ…盗賊団の中に孕み女や乳飲み子がおるなど聞いたことはないな。」

「外に囲ってるならまだしも。猫ちゃんはここに居るし、仕事にも噛んでる。いざという時足手まといにしかならない赤ん坊なんて認められるわけがない。市サンとしちゃ、猫ちゃんを切るか、子を諦めさせるか二つに一つだろ。」

「まぁ、そうだろうな。」

「立場上は認められないけど、市サン個人としては違ったかもしれないじゃない。まぁ市サンが子供が欲しかったってよりは、猫ちゃんに産ませてやりたかったってほうがしっくりくるけどね。」

「好いた女子に子の一人も生ませてやれぬ、己の人生はなんだったのか…という悩みじゃったということか?」

「あの人ならあり得ると思わない?足洗って、ちゃんと所帯持って、一人の男として生きていこうと思ったんじゃないかな…」

「市九郎殿なら、考えられるの…」
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