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催眠玩具
第8章 ほんとうのこと
昨日欠勤したせいで貯まってしまっているだろうメールの処理をしようと、亜理紗はいつもより早めに出社した。
運転免許証も車も持っているが、通勤は公共交通機関で――というポリシーに従って片道30分ほどの距離を電車に揺られる。
終着駅の改札を抜けて外に出ると、たとえそれが都会の新鮮とは言い難い空気であっても生き返ったような気持ちになる。
正直、朝の満員電車の混雑は憂鬱で、会社の近くに引っ越してもいいとは思っていたが、それをためらうのひとつの理由があった。
高城と、もし……。
夢。
夢想。
今はまだ。
だが、高城ともし……そういう関係になれたなら、そのときに。
そう思うと「今はまだ」と、転居を真剣に考える気になれなかった。
なかなかきっかけは作れないでいるけれど、恋も仕事もまだまだこれからだ。
心の中でそう言いかせると、亜理紗は生い茂る街路樹の下でもう一度深呼吸をして、アート・トリルの事務所の入っているオフィスビルへと入っていった。