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禁断の果実に口づけを
第32章 記憶の欠片

 見舞いに来た伊織の言葉をずっと気にかけていた洋子。
目覚めた時には病室で、最初に白い天井を見て、その横で心配そうに私を見ていた父と母が居た。
自分が秋山洋子なのは分かる。
川端伊織は、自分の事を秋山代理と呼んでいた。
保険会社に勤めていた事も記憶にあった。
ただ、代理と言われる身分だったのかは定かではない。
保険会社に入った時にいろんな資格を習得し、卒なく仕事を熟し、その身分まで上がっていったというところがあやふやなのだ。
今、仕事に復帰しても、過去の記憶を辿いながらやってゆく事は可能だろう。 

 しかし……
人を傷つけていたかもしれない過去を知るのも怖い。
片岡伸介が何者なのか?
多分、自分の無くした過去を知るキーマンだという事は、何となく分かる。
でも、会って良い人物なのか?
会わない方が良いという、自分の心の訴えに怯える。

 どうしたら良いものか……
足のギブスが取れたら退院の許可も出るだろう。
身に覚えのない、同じ職場の上司と名乗る柿沼という者が、『ゆっくり静養して下さい』と見舞ってくれた。
『春の異動もありますが、完治してからで構いませんよ』とも言い残した。

 保険会社の社員なら、春に異動があるのは不自然な事ではないが引っ掛かる……
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