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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第5章 おうさま
その秘かに燃え立つ感情に胸を燻られていると、唐突にジバル様が無言で私の元まで近寄ってくるものだから、思いがけず緊張してしまう。
身構える私をよそに、彼は屈んでさっき私が落とした書類をかき集め始めた。普段は見えない後頭部が見えて、しゃがむ姿はまるで私にひれ伏しているみたいだ。そう思うとほんのり胸が高鳴った。
「……今からでも、国に帰りたくなったら、言ってくれ」
「帰りません」
ほとんど語尾に被せるようにはっきりと答えた私に、彼はゆっくりと見上げる。私は急いで同じように膝を折って、手元の紙を拾うと図らずもジバル様の顔に頬が触れそうになって手が止まる。
「……」
「……」
体温がこちらまで伝わってきそうな距離に、甘いかおりが鼻腔をくすぐる。そういえばいつか握られた指先にもこの残り香がした。人工的な香りではなく、どこか温かな気持ちになる、例えるなら太陽のような香りだ。
緑の目が私を試すように射抜く。どこかの蝋燭に反射してキラキラと光る目のフチを覆う長い睫まで一本一本数えられそうな距離で。
「……、」
少しでも顔を寄せれば唇が触れてしまいそうな距離で、彼の重苦しい髪はすでに触れている。
低く漏らす息が互いに触れ合うのが分かった。彼の吐く息が私の口唇に触れ、頬に流れていくのを感じると私の奥に眠っていた切なさがまた首をもたげる。
触れそうで、けれど触れられない。
このまま触れてくれないかと切望する。
その影に潜む緑の宝石を、熱を持って見つめ返すと彼の喉がごくりと音を立ててすぐに顔を逸らされてしまう。
「……好きにしろ」
それだけ言うと、その話は終わったようにすっと立ち上がってしまった。
ジバル様の仕事は祭典に使う人手や来賓の確認、予算の割り振りなどで、通常だとハイネの食事や身の回りの世話をしていた。私がここに来てから食べていたものも当然ジバル様が作っていたようで、必要なときだけ白城からメイドを呼んで私の部屋に運ばせていた様だ。
逆にハイネは税の配分や他国との取引など、執事のふりをしながら王様業をやっていた。
(よくそんな多忙な二人が私に構ってくれていたわ……)