この作品は18歳未満閲覧禁止です
- 小
- 中
- 大
- テキストサイズ
偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第5章 おうさま
開いた口が塞がらない。たった一人の兄で、その兄のために私は姫のふりまでしてここに来たというのに。その存在の大きさを分かっていないはずがないのに、彼は自分の王子のために私を亡き者にしてしまおうとした。
その事実が衝撃的すぎて、私は数歩後ずさった。視界がぐるぐるして、何も考えられなくなる。
「すまない……本当に、すまない。だから、君を国に帰すとハイネ様が言ったとき、オレはほっとした」
その言葉に急に現実に引き戻される。様々な感情の渦から、もしかしてという思いが頭ひとつ飛び出してきた。あの言葉は、すべて自分がしたことへの後ろめたさからだったのか。
「だから、一緒に来てほしいって誘いを、断ったんですか?」
「違う、あれは……」
私の言葉にジバル様は初めてこちらに顔を向けた。勢い込んで私を見て、すぐにその視線は叱られた犬のように所在なさげに落とされる。
「あれは……本当だ。オレはハイネ様をひとりに出来ない」
「私を、兄の中で行方不明になった妹にしてもですか!」
「そうだ! オレはあの方の……騎士だから、お守りするのが、役目だ」
再び声を荒げても、ジバル様はすぐに顔をうつむかせる。私はその言葉に少なからず傷ついているはずなのに、そんな手負いの獣のような姿を見ているとどうしても嫌いになれなくて、同じようにうつむいた。
「……なんで、そんなに王子が大切なんですか?」
私は国に仕えたことがないし、知っている騎士はユーリのみ。それでも彼は姫に手を出していたし、ジバル様ほど騎士というものに誇りを持って、いっそ囚われているといってもいいほどの執着は見えなかった。王子と彼の関係は、どうも一般的な主従関係を越えている気がしてならなかった。それに、それを語るときジバル様はいつも頼りなさそうに、自信なさげになる。それがまた不思議だった。
「ハイネ様が、オレを助けてくれたから」
ぽつりとこぼされる言葉は、まるで水面に一滴落ちた雫のようだった。
何か例えようのないもやもやと、確かな羨ましさ。私はまたハイネという存在に嫉妬を覚えた。