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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第5章 おうさま
ジバル様だって、兄さんの手紙を燃やしてしまうほど王子の存在を隠そうと必死になっていたし、私がいてもきっと困るだけなんだろう。
「……」
「なに暗い顔してんの」
「ハイネ様……」
楽団との話は終わったのかハイネがすぐそばに来ていて、一時期途絶えていた曲が再び鳴り出す。
彼は私の顔を見て首を傾げると、急にまた手を取ってホールの中央まで進む。
「えっ、ちょ、ちょっと!」
「いいから。お前踊ったことないでしょ」
「……ないですけど」
今まではそんな余裕なかったし、食べることに必死で踊る場面なんかあるはずもない。当然だろう。
どういう意図でここまで連れてこられたのか分からずにいると、ハイネはすっと向かい合い片手を握り、腰を引き寄せた。
「えっ!」
「いい。基本は三拍子。あとは男に任せて」
「えっ無理です! 無理ですって!」
私の戸惑いを完全に無視して、音にあわせて動き出す。一歩目でハイネにぶつかり、二歩目でハイネの足を踏んだ。
「や、やだっごめんなさい! 無理ですってば!」
「うるさい音をよく聴いてよ。あとはなんとなくでいいんだから」
足を踏んでも泣き言を言ってもハイネは手を離さずにぐいぐい進み、ステップを踏み、踊る。どこにそんな力があるのかと不思議に思ってしまうほど、彼はぶつかっても足を踏んでも体勢を崩さずに続けた。
初めて近くで見る真剣な目と状況に、私は混乱して半泣きになりながら従う。
「誰も見てないんだから、ちゃんと前見て」
「うう……嘘でしょ」
「いいから。背筋伸ばして。下見ないで」
「ううー」
ハイネの言葉におどおど顔を上げて、曲に耳を傾ける。しかし準備に励んでいる人たちが手を止めてこちらを見ているのが目の端でとらえて、またうつむきそうになると腰を抱くハイネの手に力がこめられた。
「僕の動きを感じて。……ほら、ちゃんと踊れてる」
「うううう……恥ずかしいです」
「恥ずかしくないよ。踊りたかったんでしょ」
「……え?」
唐突な言葉に私はハイネを見る。彼の視線は前を向いたままだ。
「祭典の前夜祭にここで舞踏会があるって言ったじゃん。踊りたかったら、お前も紛れ込めばいいでしょ」
「舞踏会なんて」