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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第5章 おうさま

両手をバタバタして小動物みたいに身を捩る。その必死な姿を見ると、してやった気分に満たされて彼を解放した。

「アイツは出ないよ。王様なんだから当たり前でしょ。あの見た目じゃ目立ってしょうがないからね」

「そう……ですよね」


そう言われればその通りなんだけれど、気落ちしてしまう。せっかくならジバル様と踊りたい。

ハイネは暴れたせいで乱れた髪や服を正してから、周りを確認してため息をついた。おそらく他の従者の前でも猫を被っているから、今の姿を見られていないか不安だったのだろう。誰も居なかったことがわかると安心した様子で首を振る。


「まったく。アイツとなら、舞踏会行かなくても踊れるのに」

「え」

「ほら、もう行った行った。僕は他にも確認するところがあるから、お前は戻ってランチの準備でもしててよね」


独り言のように小さく呟くと、しっしとまたしても雑に促され、さっさとどこかへ行ってしまった。

私はその言葉を頭の中で反芻して、頭の中でジバル様と踊る様子をイメージしてみる。

大きな軀に密着して、太く屈強な腕で私の腰を抱き寄せる。ハイネのように力強く私の手をひいて、緑の宝石が煌いて見つめる。

(いや、駄目駄目。心臓に悪いわ)

想像しただけで心臓が慌しくなって思わず胸元を押さえる。
まだ微かなワルツが耳にこだましているまま、ふらふらと黒城に足を向かわせた。





「ハイネ様が?」


ジバル様がランチを作っていたのは黒城の地下にある厨房だった。

彼の部屋のように外の光が一切届かない、暗くて美味しそうなかおりが充満する厨房。わずかな蝋燭の中、大きな体を屈めて細かな細工を施したケーキを盛り付けているジバル様が顔を上げた。

聞いてはいたものの実際にその姿を見ると思わず笑みがこぼれる。
そういえば今まで食べたケーキも彼のお手製なら、なかなかの料理上手だ。いつもの黒いマントは脱いで、シャツを腕まくりした大きな手で繊細なデコレーションを施している。


「はい。あんなに大きい町は初めて見ました」

「そうか」


まるで自分が褒められたように嬉しそうに目を細める。


「あの、他のメイドの方ともお話したんですけど、ハイネ様は慕われているんですね」

「そうだな。目端がきくお方だから信頼も厚いだろう」

「あの……王様も、信頼されているみたいでした」

「……」
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