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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第5章 おうさま
焦りや不安のせいか、妙に目も冴えて眠れそうもない。私は起きて部屋を出た。
日々走り回ったために城内の配置は把握済みだ。
丸い大きな月が照らす中庭を通って、初めてジバル様とランチをした東屋に向かうと、そこには先客がいた。
黒い大きなシルエットに、もっさりとした髪が顔を覆う。
「ジバル様」
「ミアか」
本来は座るところではないんだろう、側面のちょっとした段差に腰を下ろして、ぼんやりと空を見つめている。まるで休憩中のクマといった様子につい頬が綻ぶ。
私は逡巡してから、彼が頷くのを確認してちょこんと隣に座った。
気を抜いた様子で空を見上げる彼はどこか穏やかな空気を湛えて、心地よい沈黙にしばらく浸っていた。
「……寒くないか」
「ああ、いえ」
ふとそんなことを言うから、私は気づかなかった肌寒さを感じてしまう。そういえばナイトドレスのままで来たので、長居には向かないかもしれない。そう思っていると急にぬいぐるみの中に入ったようなふんわりした温かさに包まれる。
「風邪を引かれたら困る」
気づいたときにはジバル様のマントの中に収められていた。暖かな空気を逃がさないためか彼の腕が私の腰に回って、その甘いかおりのする厚みのある逞しい体が私の身に密着する。
(た、確かにあったかいけど……!)
嬉しいやら恥ずかしいやらで目を白黒させていると、ジバル様は気づかない様子で優しげな視線をくれる。それがまた、私の秘かに目覚めた邪な欲求に後ろめたい気持ちを生まれさせるのだけれど。
「明日は前夜祭、ですね」
この邪念を振り払いたくてそんなことを漏らすと、彼は少し俯いて「そうだな」とだけ言った。その様子はどこか悲しそうに見える。自惚れと夜闇のせいだろうか。
このまま何もしなければ、ジバル様ともお別れだ。それが嫌で居させてもらったのに何一つ変わってない。
「……あ、」
また一緒に行こうとはもう言えない。けれど、このまま終わりなんて嫌だった。でも、どうしたらいいのかわからない。
開きかけた口を、続きが見つからず視線を漂わせた。
ふと庭園の花の香りが鼻腔をくすぐる。最近は忙しくて気づかなかった柔らかな香りに、私は目を閉じる。
「――……、」