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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第5章 おうさま
気がつけば口ずさんでいた。
ハイネが歌っていた歌だ。歌詞も知らない。悲しくて綺麗な音色。今の私の気分にぴったりだ。
「……それは」
「あ、ごめんなさい」
「……」
下手だっただろうし、いきなり歌っていたことが恥ずかしくてうつむくと、ジバル様はその歌の続きを歌った。
初めて聴く、低くてけれど安心するような歌声。驚いた私の視線と合わさる。その目はやはり悲しげな色を湛えている。
「ハイネ様が、歌っていたんだろう」
「ええ。とっても素敵な歌だなと思って……ジバル様もご存知なんですね」
「有名な歌劇の曲だ。この歌の意味を聞いたか?」
「えっと、まだ見ぬ運命の女性に向けた歌とか」
「あの方の目にはそう映ったのか」
ジバル様の目が細められる。
「この曲は、本来愛する人に永遠を誓う内容だ。けれど、ハイネ様が見たときは随分幼かったから、そう解釈してもおかしくはない」
「愛する人に永遠を……」
ということは、このタイミングで私はかなり恥ずかしい選曲をしてしまったことになるのだけれど、ジバル様は赤面しているであろう私にふふと笑った。
「あの随分幼いって、お二人はいつ頃会ったんですか?」
前にも聞いたことがあったけれど、あの時はハイネが執事でジバル様を王様だと思っていたときの答えだ。実際のところ年齢的な意味でも知りたい気持ちが、今になってムクムクと湧き上がる。ジバル様は少し考えて空を見上げた。
「……オレが異国の血をひいているのは知っているな」
「ええ」
ハイネからさらっとだけだし、その時はそれどころじゃなくて深く聞けなかったけれど。
私が頷くのを見て、ジバル様はまだ少し迷うように口を開いた。
「オレは幼い頃にサーカスに売られて、バーチェスに来た時に偶然王子の目に入り、買われたんだ」
「買われた?」
思いがけないことだった。サーカスに売られて、今度は国に売られたということだろうか。私は一瞬言葉を失って、ハッとしてジバル様の服を掴む。
「もしかして、だから、ここを離れられない、とか?」
買われたから、王子の所有物だから、一緒に来ることを拒んだのだろうか。そんな思いが駆け巡ったけれど、ジバル様は察した様子で笑って首を振った。