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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第5章 おうさま
「いや、あの方は買って早々、オレを放したよ」
「え?」
「その時ハイネ様はまだ五、六歳だったと思うが……それともだからこそなのか。ハイネ様はオレに見合わない高級な品と交換したのに、城に帰ると「好きにしろ」と言って放り出してしまったんだ」
「それは……」
なかなか、庶民にはできない芸当だ。五、六歳なら呪いを受ける前だが、その頃からすでに王子然としていたんだろうか。
「結局一週間町を彷徨った挙句に城に戻って、王子に頼んだのだ。そばにいさせてくださいとな」
「なぜですか?」
私の問いかけに、彼は少し自嘲的に笑った。
「誰かに従うことに慣れていたから、何もないままではオレは生きられなかった」
ジバル様の言葉は、最近身に覚えのある感覚だ。ダンスホールで確かな階級差を感じたとき。私という存在のちっぽけさと、無力さ。それに対して、支配階級のハイネの幼い見た目に反して確かにある王としての素質とも言うべき存在感。ひれ伏して、この人についていけば大丈夫だと思える安心感。それをジバル様は幼い頃に感じたんだろう。
「王様は、王子のすぐに放してしまった高い買い物が戻って、無駄にならなかったと喜んでいたが」
思い出したのかジバル様はくっくと笑った。
その様子に私はふと疑問に感じる。普段なら聞かないほうがいいことなのだろうけれど、もうあと二日ほどしか居られないんだと思うとこの場で全て聞いてしまいたい衝動に駆られた。
「あの、王様……本当のアヴァロ様って……」
今ハイネが二十六歳だということは、父親である前国王はどうしたんだろう。メイドたちの話の中では恐らく前国王がそのまま引きこもり、ハイネという第一王子の存在がないことになっている。
ジバル様は少し気まずそうな目を向けた。そのまま僅かな狼狽を見せてから、小さくため息をつく。
「国王様は、もういない」