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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第5章 おうさま
「けれどオレは、……ハイネ様を放っておけない」
苦しげに、その目が歪むのを、私は頬に置かれた彼の手に触れることで応えた。
「わかってます。でも、それでもいいんです」
あの日。ハイネが王様だと分かった日に逃げようと言ったときとは明らかに違う。
私自身も、ハイネのそばを離れたくないと思った。それは同情なのかもしれない。思い上がりなのかもしれない。けれど、心優しいジバル様も、意地悪でけれど悲しい歌を口ずさむハイネも、今では両方を愛おしく感じている。
「私じゃ……呪いは解けないかもしれない。けど、ハイネが王様だって、皆知るべきです。ジバル様はその王様に仕えている騎士に戻って……ちゃんとあるべき姿に戻るべきです」
ハイネが言っていた、いつかはバレるという言葉。あれは、嘘をついた私でもルバルドでもなくて、もしかしたら自分自身に向けて言っていたのかもしれない。
そんな閉じ込められた、孤独な王子様を塔から出したかった。
王様のふりをさせられている忠臣に、胸を張ってほしかった。
あんな暗くて寂しい城じゃなくて、光いっぱいのお城で。受けるべき賞賛を浴び、背負うべき責任を負ってほしかった。
「だってそうじゃないと、ジバル様はずっと悲しそう」
「っ」
悲しい顔を隠して、ずっと自分という存在を隠して王様のふりを続けるなんてしてほしくなかった。
最初の頃に言われた「どうせ逃げるだろう」という言葉はきっとハイネを受け入れない姫たちに向けたものなんだと思う。ハイネのために誰かを憎むなんて、そんな思 いを心優しい彼にしてほしくなかった。
私はそっと手を伸ばして、顔を覆う髪をよける。
一瞬びくりと身を引いた彼は、すぐに怯えた目を向けながらも、されるがままになった。
「ほら、こんなに素敵なお顔隠してるなんて、もったいないです」
彼の本当の顔が、月明かりに照らされた。
彫りの深い顔立ちに、優しい目元が戸惑うように伏せられる。その口元は長い髭で覆われているけれど、全てのパーツが整った的確な位置についていて、まるで彫りだされ、神殿を守る石像のように完璧だ。
視線を泳がせてからおずおずと私に視線を合わせる。ほとんど逃げ腰になった彼が愛おしく感じて、少しの悪戯心が目覚めてしまい、迫るように顔を近づけた。