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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第2章 連れられて身代わり
馬車で半日なら、少しでも時間があれば兄さんに会いに行けるだろう。
顔を見せれば安心するだろうし、何より私自身の気持ちに余裕が生まれるんじゃないかと思った。
ハイネは不思議そうな顔をした後で、破顔する。
「ええ、いいんじゃないですか。王様が良いといえば」
「本当?」
「ええ。もっとも、今までで一番長く滞在した姫様は三日ですから、里帰りというよりは逃げ帰った、という感じでしたけどね」
ハイネの笑顔にドキリとした。
今までもリジーからも噂として聞いてはいたが、長くて三日ということは今まで嫁いできたはずの姫君たちは一日かそこいらで逃げ帰ったことになる。政略結婚と分かった上で来たのだろうし、逃げ帰ったりすれば国同士の問題に発展することもありえるのに、それを許すこの国も、逃げ帰った姫を受け入れる国々も異様なものを感じて、改めて自分の置かれた状況に背筋が凍る思いがした。
「ああ、こちらですよ」
私の気持ちをよそに、ハイネは両開きの扉の前で立ち止まる。
いかにも「地獄の門ですよ」と言わんばかりの、豪華でけれど不気味な装飾の施された扉を見て、私は早くも後悔していた。
「アヴァロ様、アメリア様がお着きになりました」
扉からの返事はない。ここにきて初めて、自分の結婚相手の名前を知った。
数々の姫が三日と持たなかった呪われた王とは一体どんなものなのか。好奇心と恐怖、そして何よりもこれからいよいよ身代わりであることをバレてはいけない生活が始まる緊張感で、無意識にドレスを握った。
数秒の沈黙の後、ハイネがゆっくりと扉を開いた。
「……え?」
中は真っ暗だった。まだ日が沈む時間でもないだろうに、窓という窓が全て分厚いカーテンで締め切られているのか、足を踏み入れた瞬間に奈落の底に落ちていきそうだ。
けれどよくよく目を凝らすと、数メートル先にぼんやりと蝋燭の火が見えた。その灯りに照らされて、何かが存在を示す。