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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第2章 連れられて身代わり
ハイネに促されてその真っ暗な部屋を恐々と一歩一歩進む。彼がついてくる様子はない。
締め切っているはずなのにひんやりとした空気が指先を凍えさせた。どれほどの空間なのかも分からない。どこまでも続いていそうな闇に進んでいく気分は、まるで悪魔との謁見だ。
蝋燭の火と、その燭台がはっきり見える位置まで来て、ようやく大きな玉座に座る大きな男の姿を確認した。
毛皮に覆われたマントでも着ているのか、浮浪者のように長く伸びた黒い髪と服の毛皮とが一体化して、シルエットはまるでクマのようだ。その姿が少し身じろいで、顔のほとんどを隠した重たげな髪の間から人の鼻がぬうっと突き出して光に照らされている。
その体の大きさと見た目に思わず悲鳴を上げそうになる瞬間、私はひとつのものに目を奪われた。
「……ぁ、」
それは長い前髪の隙間から存在を放つ、蝋燭の光に照らされた二つの深い緑の瞳だった。まるで磨く前の原石のような、鈍く光るその目は、生まれてから一度も見たことがない色で、輝きで。
「きれい……」
「っ」
思わず呟いてしまった言葉にはっとして口を押さえる。挨拶もせずに人の顔をジロジロ見るなんて失礼極まりない。咄嗟に頭を下げて、スカートを少し掴んでお辞儀をする。
「あっ、……る、ルバルドより参りました、アメリア・ルバルド・ブーゲンビリアと申します」
「……アヴァロ・ウールリヒ・ブルクスアイ三世だ。婚姻は一ヵ月後になる。好きに過ごせ」
それだけ言うと、王様はさっさと部屋を出ろと言わんばかりに口を閉じ、顎でしゃくった。
未来の夫との面会は想像以上にあっさりと終わった。ていうかあっさりしすぎだ。
(これから一緒に住んで国を治めていくはずなのに、こんなにあっさり終わるの……? それとも、余計な一言で気分を害してしまったとか?)
それにしたって素っ気ない。噛まないで他人の長い名前を言い切れたことを誰かに褒めて欲しいくらいなのだけれど、やっぱりどこかぎこちなくてバレてしまったのかと不安も過ぎる。
疑問はぐるぐると巡るけれど、相手は王様だ。庶民と違う感覚で当然。政略結婚なんて好いた相手でもないし、こんなものなのかもしれない。
「姫様、いかがでした?」