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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第5章 おうさま
同時刻、ルバルド。
ガヤガヤと仕事終わりの騎士と売春婦が入り乱れる騒がしい空間に一人、その場に馴染まない貧相な男が紛れ込んでいた。
「バーチェスから戻った騎士っていうのは、君だね?」
ミアの兄、フリン・ローゼスは、そこらの女よりも青白い肌と一見すると中性的な顔立ちだ。どこか艶のある目を細めながら店内をキョロキョロと見回し、バーカウンターの端で存在を消すように背中を丸まらせている男にそう声をかけた。
「……アンタは……」
男は酷い顔だった。無精髭を生やし、目は落ち窪んで薄暗い室内でもはっきり分かるほどクマが出来ている。ほとんど眠れていないのだろう。
本来ならその屈強な身体で国の名ばかりのナイトとしてそこら辺を我が物顔で歩き回っているはずの男だ。
フリンは人の良さそうな笑みを浮かべて隣に座り、適当な酒を注文する。
「君の話に興味を持ったんだ。聞かせてくれないか」
本当は胸ぐらを掴んで揺さぶってさっさと必要なことを聞き出したい。そんな内心を微塵も出さずに人のよさそうな笑顔を向けると、男はフリンを上から下まで無遠慮に見つめフンと鼻で笑った。
「どうせ笑いに来たんだろ」
「笑わないさ。純粋に興味を惹かれたんだ」
「……」
「……聞いたよ。誰も信じなかったんだってね。王様も、酷いよね。君のような実直そうな若者の話を聞かずに放り出すなんてさ」
そっと背中に手を回し、声を潜めてさも不憫そうに彼を見た。訝しげに見ていた男は手に持ったグラスを震わせる。
「ああ……全くだ。俺は、なりふり構わずに姫様をお守りしようと思ったのに……」
姫様という言葉にフリンの口元がピクリと反応する。けれど、笑う。
「そうだろう、そうだろう。分かるよ、君はよくやったと思う。大変だったね。それで……何があったのか詳しく聞かせてくれるかい?」
どれだけ飲んだのかは知らないが、隣に座っただけでむわっとする臭気。ほとんどまともな思考力など残っていないだろう。優しげな声にほだされるようにして、騎士ユーリはポツリポツリとバーチェスの森で見たことを語りはじめた。