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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第6章 あいするひと
王の声に刺されたように目の前の生き物はビクリと震わせ、視線を向ける。
凶暴な目の奥に揺れ、怯える瞳はもう知った誰のものでもなかった。
ああ、たしかにこの日、王子は死んだのだ。ジバルの中に純然と居続けた平民とは違う、はるか彼方に居るべく神の御子のような王子はすでにそこにはいなかった。――否。もとから存在などしなかったのかもしれない。
彼は震える手で腰から下げた剣の鞘を握った。絶望を目に浮かべた王子の後ろでふいに煌めく切っ先が見えた。王がその心もとない刃で、我が子に今まさに襲いかかろうとしていたのだ。
瞬間、王子を庇うように前に立ち、訓練で何度でも振ったようにその剣を振り下ろした。
かつてなかった本物の生き物の肉を切り、骨を断つ感触は決して気持ちのいいものではなかったし、その手応えに吐き気すら催したが、ジバルは今まで何度でも夢に見てきた、王子を守るという場面を現実のものにしたことで幸福が沸くはずだった。
血にまみれ目の前に倒れたのが国王でなければ。彼の父親でなければ。
鈍い音を立てて足元に崩れる肉塊を見て、ジバルははっと王子の反応が気になった。
さっきまであんなにも自分は王子の中で大きな存在になれたと喜んでいたくせ、今は人間に捕まった羽虫の如く、彼の反応次第で自分の命運が分かれるのだ。
それを思うと急激に血の気が失せ、喉がカラカラになってそこから漏れるヒューヒューという空気の音がやけに大きく聞こえた。恐ろしくて、ジバルは振り返ることすら出来なかった。
「あは、ははは、あははははははははははははははは――!!!」
気が触れたのかと思った。
まさに悪鬼のような聞いたこともない声で高らかに彼は笑ったのだ。驚いて何も言えずにいると、彼は腹を抱えて笑い肩で息をし、脚をバタつかせて地面を転がった。それが終わると、ようやくジバルを見た。
「今日からお前が王の代わりになれ」