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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第2章 連れられて身代わり
最初は風の音だと思った。
けれど、それは心地よい旋律。誰かが歌っている。
(王様?)
小さな声で、消えてしまいそうなか弱さで、鼻歌のように歌詞のない歌。
まるで子守唄みたいだ。優しくて、心地いいのに、悲しそう。
「綺麗な歌、ですね」
旋律が途切れたタイミングでそう呟くと、彼が息を飲む気配を感じた。
「……」
「それは、なんの歌ですか?」
私の問いかけにしばらくの沈黙の後、王様は長く細いため息をついた。
「……もうお休み」
彼はまるで子供に言い聞かせるように、微かな声でそっと囁いて私の髪に触れた。
ふわふわと頭を撫でる大きな手にほっと息をつく。
「――」
また微かな旋律が始まると、まるで子供に戻ったように安心してそのまま言われるままにゆったりと微睡みに落ちた。
その日、夢を見た。
満開の花が咲きほこる中で、一人の男の子がうずくまって泣いていた。
私はそれをただ見つめて、胸が締めつけられるのを感じる。
泣かないで、そう言ってあげたいのに、声が出ない。
私は人が一人やっと入るくらいの小さな檻にいれられて、近づくことすらできない。
ひとりで泣かないで。私が慰めてあげる。
寂しいなら抱きしめてあげる。
話を聞いてあげる、涙を拭いてあげる。
だから、そんなところでひとりで泣かないで。
けれど手をいっぱいに伸ばしても、檻を叩いても、その少年に触れることはできなかった。