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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第3章 うそつき
ユーリが小声で囁いた。確かに私がいても邪魔にしかならないだろうが、見捨てるようなことをしてもいいのか。何人いるかも分からないのに。
私がその言葉に迷っているうちに、ユーリはさっさと斬りかかりに走り出してしまった。
「お早く!」
「えっ! は、はいっ!」
とにかく城までたどり着ければ助けも呼べるだろう。そう思ってユーリとは反対方向に走り出す。
「おい! 女が逃げたぞ! 追え!」
数人の男の影が見えて転がるようにしてそれをすり抜け、一心不乱に走る。さっき言っていた「呪いの王の所有物」という肩書きが影響しているのか、本気で捕らえようという手はそれほどなかった。
(なんなの、今日は!)
ほとんど知りもしない男に襲われかけて、いわれのないことで責められるし、ファーストキスは奪われるし、最後は山賊から逃げている。
それでもユーリが山賊に殺されてもいいなんて思えないし、とにかく走るしかない。ああ、けれど、メイドでよかった。ドレスにヒールならきっとこんなに走れなかっただろう。
「――きゃあ!」
ふいに木の根に足をとられて勢いよく転ぶ。足をくじいたのか、立ち上がろうとしても突き刺さるような激しい痛みに襲われた。
「へへ……やっと……はあ、はあ、に、逃げ足の速い……メイドだぜ」
心底しんどそうに息を上げている山賊が三人、私に追いついた。
彼らが手に持った短剣がギラリと光る。
「っ……、こっ殺したら、身代金とれないわよ」
「なあに、ちょいと指や耳を送ってやるのさ。そうすれば誘拐が本当だって思うだろう?」
指や耳、と聞いてサーッと血の気が引いていく。
私が誘拐されたら、王様は悲しむだろうか。諦めるだろうか。ただのメイドが一人減ったと喜ぶだろうか。元から普通のメイドより金がかかっているんだ。誘拐されたらルバルドへの支援も断ち切れるだろうし、バーチェスの負担は軽くなるだろう。
けれど、いつか花冠をかけた時の目を思い出す。
戸惑う緑の瞳が、一瞬喜んだように見えたのだ。あれをまた見たい。
人に逃げられることを諦めて、愛してもらうことを諦めて、けれど心優しい王様。いくらでも花冠を作るから、一緒に外に出てほしかった。暗い冷たい世界よりもっと、暖かい世界を知ってほしい。私もできるなら隣で、その世界を知りたい。