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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第2章 連れられて身代わり
人前に一切姿を見せず、使用人すらもう何年も国王の姿を見ていないとか。その醜さから嫁いできた方々の姫君がその日のうちに逃げ帰ってきたとか、一目見た瞬間にあまりのショックで死んでしまったとか。そんな噂が囁かれているのだ。
そんな恐ろしい王様に姫でもない、教養もなければ何もない自分が太刀打ちできるとは到底思えない。きっとすぐにバレてしまうに違いない。そしたら殺されてしまうだろうか? いや、もしかしたら食べられてしまうかもしれない。
考えるほど悪い結末しか想像できなくて首を振る。そもそも逃げ出したお姫様だってきっとその噂を知っていて怖かったから逃げたに違いない。
断りたい。断れるのか。けれど、兄さんの姿がちらつく。
両親が早くに死んでからフリン兄さんが家計を支えるギリギリの生活。けれど、寒くてもお腹が空いても、兄さんが優しく笑いかけて大丈夫だよと背中をさすってくれれば、私はその日一日をなんとか乗り越えられるのだ。
そんな兄さんを今は失いそうになっている。
何も出来ないはずの私が、兄さんのために何かしてあげられるなら、怖くたって何だってやらなきゃいけないだろう。そう思うと少し、勇気が湧いてきた。
きっと今度は私が、大丈夫だよという番だから。
「お、お受けします」
その瞬間から、私はミアではなくこの国のお姫様になった。
***
「座る時はこう、膝をあわせてこのくらいの角度で」
「こ、こう?」
山道でガタガタと揺れる馬車の中、私は姫様の教育係だったリジーという中年の女性から急ごしらえのマナーを叩き込まれていた。
教育ママみたいな角ばった眼鏡と、後れ毛一本でも許さないという気合の入った、ぴっちりと纏め上げられた髪。皺ひとつなく首元まできっちりと閉じられたメイド服に身を包んだ彼女は、物乞いの私を本物のお姫様と変わらない態度で接してくれた。つまり、厳しい。
「まあ……いいでしょう。大抵はドレスで隠れておりますしね」
(なぜ教えたの……)
バーチェスに向かうまでの道すがら、食事から歩き方、話し方など覚えきれる自信がないほど大量の知識を詰め込まれる。正直言って無理がありすぎると思っていたけれど、きっとそれはリジーも同じでよほどのことがない限り訂正せずに次々と教え込む。