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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第5章 おうさま
官能的な悪夢から目を覚ますと、まだ陽も昇りきっていない早朝だった。
ふと、ドアの外で何か音がした。その違和感で目を覚ましたのかと思いつつ、まだ重い瞼を擦りながらドアを開けるとそこには普段よりも随分と早い朝食が置かれていた。フードカバーをあけると小さなカードがついている。
『ごめんなさい H』
「……ハイネ」
私はその細く震えたような筆跡をしばらく見つめていた。
実際のところ、ハイネの部屋で起きたことは自業自得とも思えるし、それよりも王様の部屋での玉砕や暗い廊下での未知の生き物との邂逅に比べれば小さなことに感じた。――だからといってケロッとして挨拶ができるかと聞かれればそれは別の話だけれど。
どちらかといえばハイネに会いたかった。昨晩の冷たい指先と、嫌だと言った時の王様の目が忘れられなかった。何より、あの廊下で見た生き物のことを聞いてほしかった。王様の表情をそのまま受け止めるなら、あれは王様だった、ということになるんだろうか。
(でも、見た目が全然違ったわ)
王様よりも大きくて、そして恐ろしい形相。それが王様の「本当の呪われた姿」だったとしたら……? けれど、それとはまったく関係ない城に住み着くおぞましい生き物だったとしたら……?
そのぞっとする考えに我に返って、廊下を注意深く確認すると急いで部屋に戻る。
王様が隠していることをハイネが話してくれることはあるんだろうか。
――「……お前が、金や、国や、贅沢や、そういうものを願う女なら良かったのに」
その言葉を時折思い出しては、胸がギュッと摘まれたような気持ちになる。私は王様にとって不都合を感じることを言ってしまったんだろうか。今までのお姫様たちとは違う。当たり前だけれど、それが彼を苦しめているのは間違いなかった。
だって、私が願うのは……
「……兄さん」
口にして初めて、兄さんのことを久しぶりに思い出したことに気づいた。
ここに来た理由。ここにいる意味。それらは全て、兄さんの病気を治すため。ただそれだけだったはずなのに、いつの間に忘れていたんだろう。