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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第5章 おうさま
「……馬鹿だな。あの丘での言葉は……姫として王に言っただけかもしれないのに」
小さな呟き。いつか聞いた苦々しい独り言じゃなくて、もっと寂しく、そして嘲笑を含めている。
そのとき気づいた。
この人も私と同じく、王様という身分を偽ることに後ろめたさを感じていたのかもしれない。
「……。明日、迎えの馬車を呼んだ。ハイネ様もルバルドの国王にはすでに密書を送っているから兄君のことは心配しなくてもいい。出来れば……ここでのことは内密にしてくれると助かる」
迎えの馬車、という言葉にドキリとする。
もう姫じゃないことはバレている。密書とはどんな内容か分からないけれど、兄さんの心配がないなら確かに私がここに居続ける意味はなくなる。
まさに怪物としか表現できない恐ろしい王様と、王様のふりをする無口な異国の騎士のいる国。
私はここにいなければいけない理由がなくなったことに気づいた。
(帰れる……?)
突然言い渡された自由に、私は何も考えられず、王様だった男がいなくなるのも気づかずにただ呆然とドアの前で突っ立っていた。
ベッドに潜りこんでも当然眠れるはずもなく、薄明が部屋を照らし出す頃になって、ようやく思い出したように荷造りをした。とはいえ、持ってきているものは全て国から渡されたものなので、どうしても持って帰りたいものなんてないけれど。
「……あ、」
その時、ドレスの下から兄さんから貰った手紙が出てきた。
もうしばらく兄さんとは会っていないけれど、元気になっているだろうか。そんな思いで何気なく手紙を読み返すと、ふとその時の自分を思い出す。
最初はただお姫様という位置に緊張して、知らない国に圧倒されて、怖かった。
(それなのに兄さんからの手紙で前向きになれたんだ。王様とランチをしたし、まあ最初は失敗したけれど、馬にも乗せてもらえたし、美味しいものもたくさん。それで、それで……)
私はその手紙をそっと元に戻すと、急いで荷造りを終わらせて部屋を出た。