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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第5章 おうさま
同じ階のそう離れていない青いドアを控えめにノックすると、彼はすぐに現れる。
「……ミア」
暗がりでも分かる、一瞬ホッとした様な空気を感じて、私もつられて笑う。
「こんな時間に、どうした」
部屋に招き入れられると、今までと同じく机の上には大量の書類。これは演技ではなかったわけだ。
以前ここに来た時の恥ずかしい行いが蘇って顔から火を噴きそうだけれど、グッと堪えて自分の両手を握った。
ドクドクと心臓が鳴る。ここに来るときはいつもそうだ。
不思議そうにこちらを見る緑の目を見つめた。
「あの……私と、逃げてください」
ここに来るまで、なんて切り出そうか色々考えていたけれど、やっぱり私には遠まわしな伝え方が苦手なようだ。単刀直入に告げると、王様……じゃない男はあからさまに狼狽えた。
「……何?」
「私と一緒に国を出ましょう。あなたが呪われていないなら、ここで人目を避けて居る意味なんてないじゃないですか。私と来てください。ルバルドじゃなくてもいい、どこでもいいから、一緒に行きましょう」
話し出したら次々に言葉が溢れてきた。
そう。呪われてもいない、王様でもないなら、この人がこの城の奥で人目を避けて閉じこもっている理由なんかないじゃないか。私はここから出て行きたかった。おぞましい思い出を葬って、なかったことにしてしまいたかった。けれど、そうするには目の前の彼の存在が大き過ぎた。どこでもいい、ここじゃないところに行きたかった。彼と二人で。
意気込んで彼の腕を掴むと、彼は目を細めた。苦しげに視線を漂わせて、奥歯をぎりっと噛み締める音がした。
「……できない」
小さな、けれどはっきりと伝えられる拒絶に、私はぐっと涙が浮かぶ。
「なんで!」
「オレは……ハイネ様をひとりにしたくない」
「でも、それであなたが王様の代わりをさせられるのは間違ってる!」
「それでもだ!」
「!」
男が初めて声を荒げた。私は驚いて、その迫力に竦んでしまう。
彼ははっとして、すぐに顔をうつむかせた。