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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第5章 おうさま
「それでも……オレはあの方を守りたい。すまない」
ギュイっと音がして、自分が知らず爪が食い込むほど強く指を握り込んでいたことに気づいた。
私の胸にあったのは、怒りだった。
羨ましかった。そんな風に思ってもらえるハイネの存在が。
王子様で、お金があって、お腹を空かせる日々も煌びやかな洋服を羨むことも、物乞いや体を売らなくては兄弟の薬さえ買ってやれない、そんな暮らしとは無縁の人が羨ましかった。
どうしたって私が手に入らないものを、生まれたときから当然のものとして持っていた王子が、また、当然のように彼を持っている。
たくさんいるであろう召使いの中のたった一人さえ私のものにならない。
そして、ほんの少しでも心を通わせられたと思っていたのに、やはり彼にとって私との日々は嘘だったと言われている様で、悔しかった。
「……あの丘で言った言葉が、王様もお姫様も関係ない、私があなたに向けて言った言葉だったとしてもですか」
喉が押さえつけられたように苦しい。声が震えた。
「……すまない。それでも、オレは、一緒に行けない」
声が出なかった。
その絞りだしたような声に、僅かばかりでも体温を感じてしまったから。その熱を帯びる視線を知っていたから。
(それでも、私は王子には勝てない)
悔しくて、唇を戦慄かせているとふと、頬に熱い手のひらが触れた。
もう何度も触れてほしいと熱望していたように、私の顔を上げるように頬を撫で、顔を寄せる。
決して、こんなタイミングを望んではいなかったけれど、それでも心臓がまた期待に踊る。
悔しくて、羨ましくて、憎くて、浅ましい。
こんな汚い感情で流す涙を彼が知ったらどう思うだろう。
それと同時に近づく緑の目に、吸い込まれそうになる。
「……、」
目を閉じた。
少し間があって、その欲していた唇が触れたのは、瞼。