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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第5章 おうさま
「君の幸せを願っている」
囁かれた言葉に、まるでナイフで胸を切りつけられたようだった。
ズタズタに切り裂かれて、いっそのこと心も体もバラバラになればいいのにと思った。
悔しくて、憎くて、腹からメラメラと熱く燃える炎に全身が焼きつくようだ。
こんな感情知らなかった。知りたくなかった。
可憐で、恵まれてて、何不自由ない暮らしをしてきたであろう王子が憎かった。
あれほどまでに彼の心を縛る王子が羨ましかった。
(だって、私は何も持ってないのに……!)
過ごしてきた時間が違う。そう納得することも出来るのに、この国に来て過ごした時間を思うと簡単にあきらめることが出来ない。
胸が苦しくてはあと大きく息をつくと、こんなに醜い感情にまみれた自分もまた嫌だった。
違う違う違う。
こんなに誰かを嫌いになりたくない。憎みたくない。こんな感情嫌だ。苦しくて、辛くて、最初から何も感じなかったら楽だったのに。
今までこんな感情があるなんて知らなかった。
誰かを想って、誰かを憎んで、こんなに強い気持ちを世界中の人が感じて日々生きているなんて信じられなかった。
兄さんも私が気づかなかっただけで、誰かにこれほど胸を焦がしたことがあるんだろうか。
「……、」
いつの間にか、私は自分の部屋に戻ってベッドに沈んでいた。
開け放った窓から少し冷たい風が甘い香りを乗せてくると、ふといつかの夜を思い出す。
――……~。
悲しそうな歌声を聴いた夜。胸がチクリと痛んで、苦しくなったあの日。
「……アレは、じゃあ、……ハイネの歌?」
悲しくて、美しい旋律。
――私は知らない歌なの。ハイネは知ってる?
――しってるよ。まだ見ぬ運命の女に捧げる愛の歌
それがハイネの歌っていた歌だとしたら、それはやはり、呪いを解いてくれるお姫様に向けた歌なんだろう。
(だからって……、私はどうしようもないけど……)