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偽りの身の上〜身代わりの姫君〜
第5章 おうさま
「な、何よ」
「別に。ほら、無駄話はその辺にしてちゃんと働いてよね。他の人と対応が必要なときだけ僕は出て行くから、それまでは気軽に入ってくるなよ」
途端、しっしと手を振って追い出されてしまった。執事のハイネのときより随分とぞんざいな扱いだ。メイドと執事という立場でもよくあれだけ猫を被っていられたものだと感心してしまう。しかし言われたことは至極当然のことなので、私は走ってジバル様の部屋に向かった。
「……そんなに、急がなくてもいい」
「い、いえ! お待たせしましたから!」
ゼエゼエと肩で息する私に、昨晩見たままの暗い部屋で書類を集めていたジバル様は苦笑した。
昨日の苦しげな表情とは違い、今までより少し晴れやかな表情になっている気がして私の胸も自然と嬉しくなる。
「疑問はすべて解けたか?」
「あっ、ああ……ええ、大体は」
私は視線を泳がせながら頷いた。呼吸を整えている間にジバル様はいくつかの資料を慣れた手つきでファイリングする。その大柄な体型に目がいってしまうが、意外と細かな作業が得意なのかもしれない。
「……兄君に」
そんなことを考えながら手元を見ていると、ふとジバル様がぎこちなくその言葉を口にした。
「え?」
「兄君に、返事はしたか?」
「いいえ、今日書こうと思ってました」
解放してもらったけれど、自分からメイドを志願したことをどう説明しようか。また新しい問題が頭を悩ます。
(ううん、次から次と……。あれ?)
そこまで考えて、はたと顔を上げる。ジバル様は書類に視線を落としたままだ。
「……返事してないの、ご存知なんですね」
「っ」
途端、バサバサと手元の紙を落として、あからさまな動揺を見せる。
「えっ、ど、どうしました?」
私は急いでそれをかき集めるが、ジバルは気まずそうに視線を逸らし、大きなため息をつく。どう見てもおかしい。
「あの……?」
「……いや」
「ジバル様」
「……」
彼はううんと唸りながら部屋中を歩き回り、その度に長身のせいかそのコンパスが大きくガツガツとブーツの音が大きく響く。私は拾い集めた書類を胸に抱いて、檻の中の猛獣みたいになったジバル様を見つめていた。