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第6章 亜沙子の選択
わたしの仕事は、18時30分には終わった。

一課のホワイトボードに「18時帰社」と書いて出て行った前田課長は、まだ戻ってきていない。
19時までに終わると言っていたけど、あくまでも予定だし、19時に退社できることの方が圧倒的に少ない職場だ。

パソコンの電源を落とし、給湯室で紅茶の入っていたカップを洗う。
上着を羽織って、バッグを持ち、二課の男性社員に声をかけた。

「お先に失礼します」
「お疲れさんー」

フロアを出ると、ちょうど前田課長が帰ってくるところだった。
電話中だ。

わたしに気付くと、軽く手を振り、そのままフロアへ入って行った。

19時には終わらないかな。
どこで時間を潰そうか。

ビルを出ると、びゅうっと冷たい風が吹いた。



本屋で時間を潰すことにした。
雑誌をぱらぱらとめくりながらも、内容はアタマに入ってこない。
すぐにスマホを確認してしまう。


なにやってんだろう。
流されまくってるな。
遊ばれてんのかな。
なにやってんだろう。


金曜日の夜のことは、もしかしたらお酒のせいだと言い訳ができるかもしれない。
けれど、この関係が続くようなことになれば…。


不倫。
愛人。


そういうのは、わたしとは程遠い世界にあるものだと思っていた。


パタンと雑誌を閉じる。
もう一度スマホを見ると、前田課長からの着信があった。考えごとをしていて、気がつかなかったようだ。

慌ててかけ直すと、すぐに前田課長の声がした。

「ごめん、今、どこ?」

あまり会社から近いところだとマズイかなと、歩いて10分ほどの本屋にいた。
伝えると、「すぐ行くから」と返事があった。


15分後に前田課長がきた。

「ごめんごめん。最後に電話につかまって」
「大丈夫ですか?」
「うん、もう終わったから」

本屋を出て、並んで歩く。
11月も半ばを過ぎ、街はすっかりクリスマスムードだ。

「なにか、食べたいものある?」
「なんでも大丈夫です、嫌いなものもないし」

答えると、ふっと笑顔の前田課長と目が合った。

「嫌いなものはなし。お酒が飲めれば、いい?」
「…そうですね、けど」
「けど?」
「まだ月曜日だし、少しにしておきます」
「…それはいい心がけだな」
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