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第6章 亜沙子の選択
前田課長の連れて行ってくれたお店は、例えばわたしと和俊が2人で入るには気後れしてしまいそうなお店だった。
こういうときに和俊の名前を出すのは、無神経だけど。

個室になっていて、周りを気にせず食事ができる。
わたしと前田課長2人きりでとなると、やはりお店は選ばないといけない。
会社の人たちに見られるようなことがあったら大変た。


運ばれてきたビールで小さく乾杯する。
お刺身を食べながら、他愛のない話をした。

仕事の話や、大学時代までサッカー漬けだった話。
亜沙子は新入社員研修で仲良くなった同期たちと夏にレジャー施設に行った話なんかをした。

さすが営業マンだけあって前田課長の話はおもしろいし、亜沙子の話も上手に聞いてくれる。

亜沙子はすっかり楽しい気分なっていた。


「控えめにしておきます」と言ったお酒も、今、亜沙子が飲んでいるビールが3杯目だった。

「水本がこんなに飲むとは思わなかった」
「意外ですか?」
「うん、なんとなく、2杯目が終わらないうちに赤くなって寝てそうなイメージ」


確かに亜沙子はお酒に強い。
両親譲りだと思う。
お酒は大好きだし、お酒の席も大好きだ。
残念なのは、和俊がほとんどお酒を飲めないこと。
一緒にお酒を飲めたら、すごく楽しいだろう。
もちろん、お酒なんかなくても和俊との時間は楽しいけれど。

これまで、酔っ払ったふりをしたことはあっても、本当に酔っ払って記憶がなくなって…なんて経験はなかった。

だからこそ、先日の大胆な行動には自分でも驚いている。


「なんか、ギャップ」
「それは褒め言葉ですか?」
「もちろん。ついでに言うと、あんまり色気のなさそうな水本が、本当はあんなに色っぽいってのも、ギャップがあってすごくかわいい」


今まさにビールを飲もうとジョッキを持っていた亜沙子の手が止まる。


前田課長がもう一度「かわいいよ」と言い、亜沙子は、少し俯いた。


そういうことを言い慣れているのだろうか。
それとも、オトナの余裕なんだろうか。

和俊はこんなことを口にしない。
こんな、甘いセリフ。
亜沙子はどうしたらいいのか、わからなくなる。

「こっちを見て?」

恥ずかしくて顔を上げられないでいると、テーブルの向こうから前田課長の手が伸びてくる。
顎を持ち上げられ、視線がぶつかる。

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