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優しい愛には棘がある
第2章 Moon crater affection
「喧嘩は苦手だな」
月子が頬杖をつき、教壇の上部を見上げた。
壁時計は、まもなく午前九時を示すところだ。
「紫倉さんの話、聞かせて。さっきから私ばかり話しているもん」
月子の双眸に無邪気な色がほの見えた。たぐいない目許が下弦の月の線を描く。
いづるは、光の角度で赤にも黒にも見えるショートヘアの毛先をもてあそぶ。こめかみに留めたくるみピンが傾いていた。手早く直す。
「私は、話すようなことないから」
「紫倉さんが聞かせてくれる話なら、何でも良いよぉ。例えば……、恋の話」
「──……」
いづるは宙を瞥見するが、無論、そんなところに回答はない。
「年齢の数イコール恋人いない歴なんだ」
「本当?モテそうなのに。好きな人は?」
「あー、うん……そうだね……」
月子の唇からこぼれたものは、冗談を笑い飛ばす時の息だった。
どうやら月子は、いづるを恋愛経験者だと決めつけていたようだ。
恋だの愛だのを覚えるのはまだ早い。
幼かった時分から、いづるは人並み外れて奥手だった。目が追うような相手はいても、側にいたいと願わなかった。
思春期と呼ばれる年齢になって、幾分、周りにカップルが増えた。
されどいづるは、彼らの大半が自分の根底にあった概念に一致しなかったものだから、いやが上にも恋愛というものが理解出来なくなっていった。
十組いればその内七割は、相手より恋そのものを見澄ましており、どこかちぐはぐなところがある。
否、いづるの身近に非の打ちどころのないつがいの手本があるからか。
もとよりいづるが恋だの愛だのを難しく考えるようになったのは、件の彼女達の所為かも知れない。