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優しい愛には棘がある
第2章 Moon crater affection
「曖昧な答えね」
「まぁ」
「紫倉さん、ほんとに美人。私なんかに何が分かるのって言われちゃうかもだけれど、外見だけじゃなくって、恋人とかすごい大事にしそうなイメージだわ。紫倉さんに、もしそんな風に口にも出せないほど想われている人がいるなら、その人はきっと幸せだぁ」
月子に、また、まばゆいばかりの笑顔が浮かんだ。
澄んだソプラノに混ざった吐息は、砂糖菓子より遥かに甘い匂いがほのめく。指先の動きが、首の角度が、口調が、瞬きのタイミングの一つ一つが、月子は特別に美しい。
いづるは仮定する。さっきの現場の当事者が、月子以外の少女だったら、どうしていたか。同じように割り込んでいって、心ない上級生の元から連れ出していたか。
月子だから放っておけなかった。
可憐で素直で繊細で、受動的すぎるところがあるにせよ、月子はその深奥に強烈な何かを秘めている。抗えない引力だ。
「……幸せでいてくれれば良いな」
いづるが壁時計を見ると、今まさに短針が九時のところに重なろうとしていた。
「お察しの通り、私、きっと一生、好きな女の子の名前は口に出して言えそうにないから」
恋人がいそうだとか、好きな人間がいるのかだとか。
いづるは月子に、そんな科白を突きつけられたくない。
今日まで話しもしなかったくせに、生ぬるい溝が胸に堪えた。