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The one …ただ一人の…
第11章 親父の企み
『日向の母親は、今入院している。心の病でね。もう、10年になるかな…』
日向が唇を噛み締め、曄良の肩を抱いた。
『母は、オレの事も親父の事も記憶から抜け落ちてしまってね……』


まだ、あの頃は山野辺グループは、急成長している企業で、社長として働いていた日向の父は毎日忙しかった。決して家族を顧みないと言う事は無かったが、母と父はすれ違う事も多かった。
企業間の競争も激しく、何とか山野辺グループを破綻させようと、色んな輩が罠を仕掛けた。社長の財産を狙って毎日の様に、社長の愛人と名乗る女から家に電話があったり、日向の母親を誘惑してくる男もいた。
父もそんな母を気遣い、家に帰って来ては話を聞く様にしていたが、母の心は次第に壊れ始めた。
そんなある日、1人の女が日向の母親の所へ押しかけてきた。社長の子供がお腹にいると。社長と別れて欲しいと。そんな事実は全く無かったが、母親には衝撃的きな言葉になってしまった。
その日、日向の母親は事故にあった。車に跳ねられた。今となっては事故だったのか、自殺しようとしたのか、わからない。
命には別状は無かったが、その日から山野辺グループに関しての記憶が全て無くなった。日向の事も、日向の父の事も…全てわからなくなった。

日向は俯いていた。
曄良は、山野辺社長を見つめていた。涙が落ちた。
『曄良ちゃんが、同じ目に合うとは限らない。だが、同じ目に合うかも知れない。』
曄良の手を握る日向の手が震えている。曄良は強く握り返した。

「わかっています。」
曄良は山野辺社長を見つめたまま言った。

『普通の人と結婚した方が、もしかしたら曄良ちゃんにとっては幸せなのかも知れない。』

日向が顔を上げた。泣きそうな顔をしているのがわかる。

『それでも、私達は曄良ちゃんに家族になってもらいたいと思ってる。残酷な事を言っているのは百も承知だ。』
曄良は海のような深い瞳で、2人を見つめた。
曄良は、他の選択肢など初めから持ち合わせていなかった。
「私を、家族にして下さい。」
それは覚悟の上の返事だった。

『日向を宜しく頼みます。』
曄良はコクリと頷いた。
山野辺社長が笑顔になった。
『良かったよ。曄良ちゃんに断られたら、日向は一生独身になるところだった。』
日向が横で涙を拭う。
「日向、大丈夫。私は日向の側にいるから。」
曄良は、優しく笑いかけた。
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