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海棠花【ヘダンファ】~遠い約束~
第1章 燐火~宿命の夜~
林氏の屋敷の庭では、季節の花を摘んだ梨花が花冠を作り、それを松俊が手ずから頭に乗せてやる微笑ましい姿がよく見かけられた。
松俊は、学問は確かに苦手だったけれど、その分、計算―算術などには抜群の適性を示した。とはいえ、商人の家ならともかく両班家の息子が算術に長けていたとしても、あまり将来の出世には関係ない。
松俊は正直に言えば、父の期待に添う息子ではなかった。が、その分、気性は優しく身分の低い者たちにもけして無理難題を言ったりはしなかった。父成水は心優しい嫡男と跳
ねっ返りの娘に父としての愛情を惜しみなく注ぎ、また成水の妻姚苑(ヨウォン)も二人の子どもたちの良き母親であった。
六歳の梨花にとって愛情深い両親、優しい兄に見守られての日々は、まさに夢のように過ぎていっていたのである。
梨花は黒い大きな瞳を見開き、眼前の乳母を見つめた。
「スンチョン、もう朝なの?」
が、スンチョンのいつになく強ばった顔を見て、息を呑んだ。
スンチョンは三十ほどの、ふくよかな体軀の女である。乳母といっても、生まれ落ちたときから乳を与えて育てたわけではなく、梨花が二歳を過ぎた辺りから身の回りの世話を任されたのだ。
松俊は、学問は確かに苦手だったけれど、その分、計算―算術などには抜群の適性を示した。とはいえ、商人の家ならともかく両班家の息子が算術に長けていたとしても、あまり将来の出世には関係ない。
松俊は正直に言えば、父の期待に添う息子ではなかった。が、その分、気性は優しく身分の低い者たちにもけして無理難題を言ったりはしなかった。父成水は心優しい嫡男と跳
ねっ返りの娘に父としての愛情を惜しみなく注ぎ、また成水の妻姚苑(ヨウォン)も二人の子どもたちの良き母親であった。
六歳の梨花にとって愛情深い両親、優しい兄に見守られての日々は、まさに夢のように過ぎていっていたのである。
梨花は黒い大きな瞳を見開き、眼前の乳母を見つめた。
「スンチョン、もう朝なの?」
が、スンチョンのいつになく強ばった顔を見て、息を呑んだ。
スンチョンは三十ほどの、ふくよかな体軀の女である。乳母といっても、生まれ落ちたときから乳を与えて育てたわけではなく、梨花が二歳を過ぎた辺りから身の回りの世話を任されたのだ。