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海棠花【ヘダンファ】~遠い約束~
第1章 燐火~宿命の夜~
頬に冷たいものが触れたような気がして、梨花は空を仰いだ。今宵は月もない闇夜であった。光がないことが、逆に逃げる主従を助けてもいた。幾ら追っ手も、スンチョンと梨花が生い茂る樹木に紛れ込んでしまえば、折からの闇も手伝って容易には見つけ出せない。
だが、降り出した雨は厄介な代物だった。
突如としてスンチョンの脚が止まった。
前方から灯りが近づいてくる。
スンチョンは咄嗟に眼前の海棠(かいどう)の繁みに飛び込んだ。
「乳母、ねえ、教えて。一体、今、何が起こっているの?」
梨花の懸命な問いかけに、今度はスンチョンもきちんと応えてくれた。
「お屋敷が賊に襲われたんでございますよ」
「賊!?」
梨花の声が一瞬、高くなり、スンチョンは狼狽えてその口を大きな手のひらで覆った。
「大きな声を出してはなりません」
案の定、思いがけない近さで、野太い男の声が響いた。
「おい、今、子どもの声が聞こえなかったか?」
「猫でも啼いたんじゃねえのか」
男は少なくとも二人以上であるらしく、意外なほど近い場所に賊がいたことは梨花に大きな衝撃を与えた。
スンチョンはなおも梨花の口を手のひらで押さえたまま、小声で続けた。
「私が家僕の周(ジユ)星(ソン)から聞いたところでは、大(テー)監(ガン)さま(ナーリ)と奥さま(マーニム)は既に―」
だが、降り出した雨は厄介な代物だった。
突如としてスンチョンの脚が止まった。
前方から灯りが近づいてくる。
スンチョンは咄嗟に眼前の海棠(かいどう)の繁みに飛び込んだ。
「乳母、ねえ、教えて。一体、今、何が起こっているの?」
梨花の懸命な問いかけに、今度はスンチョンもきちんと応えてくれた。
「お屋敷が賊に襲われたんでございますよ」
「賊!?」
梨花の声が一瞬、高くなり、スンチョンは狼狽えてその口を大きな手のひらで覆った。
「大きな声を出してはなりません」
案の定、思いがけない近さで、野太い男の声が響いた。
「おい、今、子どもの声が聞こえなかったか?」
「猫でも啼いたんじゃねえのか」
男は少なくとも二人以上であるらしく、意外なほど近い場所に賊がいたことは梨花に大きな衝撃を与えた。
スンチョンはなおも梨花の口を手のひらで押さえたまま、小声で続けた。
「私が家僕の周(ジユ)星(ソン)から聞いたところでは、大(テー)監(ガン)さま(ナーリ)と奥さま(マーニム)は既に―」