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真壁君は喋らない
第1章 真壁君は喋らない
真壁は無口な男だ。だが愚鈍な男ではない。しかし皆彼を木偶の坊と呼ぶ。その心が鉄壁に囲まれ、有り様を理解できないからだ。
正直、私も彼の鉄壁には手を焼いている。
「真壁、お前何か思う事はないのか」
「……」
真壁は答えない。行灯が放つ橙色の頼りない光の中、南蛮由来であろう書物と睨み合っている。隣に肌襦袢しか付けていない艶めかしい私がいるというのに。結局彼が視線を移したのは、私が窓から部屋に侵入したその時だけだった。
「真壁」
「……」
「まーかーべっ!」
私が声を荒げると、ようやく彼の眼がこちらを向いた。自分で言うのもなんだが、この艶姿。そこらの小娘とは比べ物にならない豊満な胸囲。小ぶりな尻から伸びる、氷柱のように透き通る脚。さあ真壁、鼻の下を伸ばし、だらしなく涎を垂らすがいい。そのために、わざわざ今日はこのようにはしたない格好で現れたのだ。
「……」
真壁の鋭い眼が、私の心臓を貫く。眼鏡の奥からでも、その切れ味は衰えない。
ただの愚鈍な男が、このような刀を持つはずがない。木偶の坊なら、自らの鋭さにその身を切り裂かれているだろう。真壁は、間違いなく私の見込んだ男だ。