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飼育✻販売のお仕事
第15章 従業員、エスケープ
(ふぅん。別の男に乗り換えるために、恋人を捨てる女がいるからなんだ)
数回の相槌のあと、鈴花は岩だか生き物だか甄別しかねる影を眺めながら呟いた。
他人事の口調だ。
事実、鈴花にしてみれば他人事だった。
里子は、鈴花と例の実業家を結んでいるものが本当に友情だけだとは、毛頭信じていなかった。
不倫関係。鈴花が彼を語る様子からして明白だったし、二人は海外やら温泉やらにも出掛けていた。
そう、鈴花に里子を杞憂に追いつめるだけの条件は揃わなかった。
実業家が家族を見限らない限り、鈴花は里子を見限らない。そして、世間体に執着していた実業家には、そうした胆気も皆目なかった。
屋内を出ると、残暑の日差しがコンクリートに照りつけていた。
二人は花壇に腰を下ろし、互いの洋服を褒め合った。
鈴花は、最後に眺めたクラゲを彷彿とする半透明のシフォンを重ねたワンピースをまとっていた。見かけより蒸せやすいという。里子は鈴花に導かれるまま、シフォンの下のシルクに触れた。
…──良い肌触りね。
鈴花の顔に悪戯な色が滲んだ。
…──私の肌と、どっちが良いと思う?
里子は、鈴花に身を寄せた。里子で鈴花を死角にすると、なめらかな曲線の脚に広がるフレアをめくって、膝に指先を滑らせた。
ませた時代などとうの昔だ。交際して間もないと言え、里子はこの四つ歳上の女を、既に内側まで知り尽くしていた。
だのにただ触れるだけでくすぐったかった。指先がひとりでにたゆたった。
鈴花はトンネルでの話の続きを始めた。
里子の予想は当たっていた。だが、鈴花には鈴花の考えがあったそうだ。
(彼は、昔私に酷いことをしたの。彼の周囲と一緒になってね。……だから一生、あの人達を欺いて、彼は都合の良い金蔓にしてやるの)
それから鈴花は里子に寄りかかり、頬を預けた。
(信じて。私には里子だけ。貴女が愛する幸せを教えてくれた。貴女に逢えてなければ、私はお友達と恋人ごっこをするだけの、虚しい人生を送っていた。…………)
鈴花は里子の空虚を埋め、里子は鈴花のそれを埋めていた。
断たれようのない満たされた日々は、果てなく続くはずだった。