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飼育✻販売のお仕事
第15章 従業員、エスケープ
「職業病?」
売り場の埃を払いながら、志穂が里子に話しかけた。
「何のこと」
「新崎のリボン、お前しょっちゅう結んでんなって。元家政婦の鏡だ」
「別に……気になるだけ」
「いよいよ惚れたか」
「新崎さんは、好きになれない」
「それは、女として?」
「人として」
「──……」
似ている。あまりに似ていた。
鈴花をおとしめた小さな令嬢、あの日あの瞬間まで、里子はおりふし彼女の遊び相手をしていた。
やんごとなき子供は広い庭の片隅で、よく泣いていた。里子は草むしりの業務を妨げられては彼女をあやし、髪やリボンを結んでやった。
常に周囲の関心をひいていなければ気が済まなかった令嬢は、幼さ故に愛らしくもあった。彼女は里子に、鈴花とは異質の安らぎを与えていた。だが、彼女の無知と残酷は、紙一重だった。
「里子はさ、運悪くイカれたやつらに振り回されただけだって。気持ちは分かるぜ。私からしてもあの旦那はクズだ」
「…………」
「けど、運は自分から動かねぇと変わらない。お前のお姫様だって、今頃どっか良い国に生まれ変わって、ほのぼのしてんぞ」
「…………。出来ることなら、……そうしたいわ」
口先だけだ。白々しい。
志穂に頷くことは出来ても、いざ一歩を踏み出せたとする。けだしすぐに足は竦む。
鈴花を見捨てた。鈴花が友人と呼んでいた男の本性にもっと早く気付いていれば、奥方の命令に従って、里子も彼女を追放していた。
「里子、…──んな」
「え?」
「いや、……」
何故、里子を置いていったのだ。何故、愛していると言いながら、誰かを愛せるだけの資格も良心も取り上げたのだ。
鈴花の最後の束縛かも知れない。
一人生き延びた里子は、独善的な未練を抱えて、亡霊に懺悔するためだけに生きている。