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飼育✻販売のお仕事
第16章 二人きりで...
「伊澄ちゃん」
「ん?」
「ありがと。今日」
「何が?……ああ、あのことか」
伊澄の口数は少なかった。
母親と妹の接待をしていたという伊澄の疲弊ぶりは、りつきから見ても明白だ。
「紅茶で良い?」
「ありがと」
大学に通っていた時分、りつきと伊澄は何かに追い立てられるようにして、二人の時間を笑顔で埋め尽くそうとしていた。
他愛のないことにはしゃいでは、たくさん話してたくさん遊んだ。
家族のこと、友人のこと、恋愛のこと──…胸につかえる不快なものをまるきり相談しない仲ではなかったが、議論して解決を期待するほど素直な二人でもなかった。
りつきは時々、思い出したように父親に対する不満をこぼした。それと同時に、伊澄の家族の自己中心的な性質も知った。
それだけだ。
二人の懊悩は抹消的なものだった。りつきは真正を憎んでいるわけではない。伊澄も家族を信頼している。
だから二人、もてあました違和感を、笑いに変えた。
キッチンに入ると、りつきはラップを外す作業にかかった。
「妹さん、相変わらずだった?」
「相変わらず菓子とDVD荒らして帰った」
「この間たくさん買ってて正解だったね。でも、また買い足しに行かないと。私、明日折角お休みだから、ホワイトチョコだけでも残ってたら──…」
「それは残ってるよ。りん好きだし隠しておいた」
「わーいっ、さすが伊澄ちゃん!ありがとぉ」
「りん」
にわかに伊澄の声音が変わった。
掠れた甘いアルトの声がりつきに迫り、飾り気ないシャツの袖から伸びた手が、りつきの腕を捕まえた。